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ディオはいいやつだった!?

ジョリミ

ジョジョマニアのジョリミです!

今回はディオが実はいいヤツだったのではないか、という説についてお話しようと思います。

 

それじゃあ行ってみましょう!

こんにちは!

 

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まずは従来のディオ・ブランドー像について見ていきます。


第一部序盤のディオは気の弱いジョナサンをいじめたり、平気で義父を殺そうとしたりする人物でした。
そのため人物像としては「いじめっ子」や「生まれついてのワル」といった言葉がピッタリです。

また第一部中盤に吸血鬼になってから行った数々の殺人行為を踏まえると「残虐非道」な人物と称することも出来ます。


さらに第三部では数々の悪人を率いていたため「悪のカリスマ」と言う評価も加わります。


「いじめっ子」で「生まれついてのワル」で「残虐非道」な「悪のカリスマ」、概ねこの評価は当たっていますが、しかしこのような面ばかり見ていてはディオという人間の本質は掴めません。
そこでここから先はディオの美徳に着目して彼を語っていこうと思います。

 

ディオの美徳① 母親想い

ディオは父親に対して深い殺意と嫌悪を抱いていますが、母親に対しては愛情を抱いていると見て取れる描写があります。たとえば、父親から酒を買ってこいと言われる場面でディオは父親が金に換えてこいと言って渡してきたものを見て憤ります。
それは母親の形見のドレスでした。


母親を苦労して死なせ、そのうえ形見の品まで売ろうとしている父親に怒りを感じているということは、ディオもある程度母親に愛情を抱いていると考えられます。

 

ディオの美徳② ライバルに敬意を払う

ディオは「生まれついてのワル」とスピードワゴンは称しましたが、母親想いであることを踏まえると決して生まれた時から悪に染まっていたわけではないと思われます。
ただ、心が育ち切る前に母親が他界し、最低な父親と生活することになったため彼は本来持つべきはずだった正義感とか、誰かを敬う気持ちを持てず大きくなったのだと思います。

しかし、第一部の戦いを通してディオは初めて誰かを敬う気持ちを持ちます。
自分と比べて圧倒的に劣っていたにも関わらず、成長を遂げ、二度にわたり自分を打ち負かしたジョナサンに彼は尊敬の念を抱くのです。
ディオがジョナサンの肉体(ボディ)を奪い一つになろうとした行為は、尊敬の表れだと考えられます。


私たちが憧れの人と同じような服装をし、好きな人とキスやセックスをしたいと思うのと同じように、ディオはジョナサンの肉体(ボディ)と一体化したいと思ったのかもしれません。
実際、肉体(ボディ)を奪うだけなら誰でも良かったはずです。
にも拘わらず、ジョナサンの肉体(ボディ)に拘り続けたのには、ディオのジョナサンに対する尊敬や愛のようなものを感じてしまいます。
表現方法は歪んでいますが、ディオにも人を愛する心はあるのです。

 

ディオの美徳③ 失敗や裏切りを許す

ディオは残虐非道な人物と称されますが、果たしてそうなのでしょうか?
たしかにディオは平気で一般人を殺しますが、それはディオが吸血鬼だからとも考えられます。

吸血鬼のディオから見れば私たち人間は食糧に過ぎないのです。
牛や豚を私たちが殺すのと同じ感覚でディオは人間を殺しているだけです。
それは決して残虐非道な行為ではありません。

また、ディオは失敗した部下や裏切った部下に対しても寛容です。
二度にわたりジョースター一行を取り逃がしたホルホースを許していますし、裏切者のポルナレフをもう一度仲間に誘っています。

ディオは情や好き嫌いに左右されない完全能力主義のリーダーであると言えます。

 

ディオの美徳④ 忠臣や友人は大切にする

ディオは自分に忠誠を誓う者や友人は大切にします。
たとえばヴァニラアイスが自分に血を捧げようと首を切断した際はすぐに蘇生を試みていますし、自分をかばってくれたプッチには足の治療を施し、スタンド能力を与える「矢」を贈っています。


また友情の証として自分の骨を彼にプレゼントしています。

しかし、ここで疑問に思う方もいるでしょう。
エンヤ婆はどうなんだ? と。彼女は紛れもなくディオに忠誠を誓った人間の一人でしたが、最期はディオが埋めた肉の芽によって死亡します。


たしかにこの場面だけ見れば、ディオは残虐非道な人物です。
しかしスピンオフ『OVER HEAVEN』によるとディオが肉の芽をエンヤの頭に埋めたのは一種の治療のためだったそうです。息子のJ・ガイルの死で発狂したエンヤを正気に戻すため肉の芽は埋め込まれたのでした。


確かに最終的にエンヤは肉の芽で死亡しましたが、肉の芽の当初の目的は処刑ではなく治療にあった。
これを踏まえているのといないのとでは全くDIOの印象は変わってきます。

 

ディオの美徳⑤ 人類を幸福に導こうとしていた

第六部のラスボス、プッチ神父の目的は全人類を「天国」に到達させることでした。
彼の言う「天国」とは全人類がこれから未来に起こることを知っている状態を指します。
そのために彼は自身のスタンドを進化させ時間を加速し、宇宙を一巡させました。


この「天国」という概念を生み出したのは実はプッチ神父ではありません。
考案したのはディオです。

プッチ神父はディオが残した「天国に行く方法」を実践しているだけなのです。


ディオはよく支配者の一面ばかりが強調されがちですが、実は人類を幸福に導くための方法を考案していました。
もちろん彼がやっているのは幸福の押し付けであり、目的のためにはいくら犠牲が出ても構わないと考えているのはただのエゴでしかありません。

しかし、他人の幸福を祈って行動しようとしていたという点を踏まえると彼は、ただの暴君ではないのかもしれません。


やり方が間違っていただけで、志の面では黄金の精神を持つジョースター家の面々と比べてもそん色ない気がします。

 

ジョリミ

ということで今回は、ディオは実はいいやつなのではないか?
という説について考えてみました!

 

いかがでしたか?
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ディオがいいヤツだと言える根拠、あるいはディオは悪いヤツである根拠をコメント欄で教えてください!

 

それじゃあ今日はこのへんで!

バイバイ!